バス釣りは「分断」されるほど面白い?長谷川耕司さんが見つめる、自分だけの水辺との距離感
バス釣りの未来を考えるとき、つい最新の魚探や釣果、注目ルアーの話に目が向きます。けれど長谷川耕司さんの文章で気になったのは、その先にある「自分は水辺で何を楽しみたいのか」という問いでした。競技のように魚を追い込む釣りも、風や匂いを感じながら過ごす釣りも、同じバスフィッシング。価値観がひとつにまとまらなくなった今だからこそ、自分の好きな釣りを選ぶ余白が見えてきます。
なぜ注目?
「分断」は、釣りが成熟した証拠なのか
ライブスコープや高性能魚探で魚を追い詰める、データ重視の釣り。一方で、画面から少し離れ、朝もやや風の匂いまで含めて湖上の時間を味わう釣り。長谷川さんは、このふたつを優劣ではなく、求めるものが違う別の楽しみ方として捉えています。
一匹を獲り切ることと、水辺で過ごす時間を楽しむこと。長谷川さんが示すふたつの価値観を読むと、釣りとの距離感はひとつでなくてもよいのだと感じますね。その揺れを無理にひとつへ決めなくていい、という見方が心地よく残りました。
ルアー選びにも表れる、自分だけの軸
誰もが知る正解を追うのではなく、効率を突き詰めたい人、独自のロジックやアクションを信じたい人、それぞれに向けた道具が求められている。長谷川さんが「アノストレート」や「長谷川ピンク」を例に語る、作り手と使い手の濃い関係にも惹かれます。
ルアーを選ぶなら、釣れると評判だからという理由だけでなく、自分は何を信じて投げたいのかも考えてみたくなります。競技としての一尾か、湖上で過ごす時間か。それとも、その両方を行き来するのか。長谷川さんの問いを、元記事でじっくり確かめてみてください。

